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山病 4話

第4回 山の事故
標高の低い山でも、日本アルプスなどの高い山でも
山登りが危険な事には、変りはない と思う。

地元新聞にユウスゲの自生地が紹介されていた。
まだ群生したユウスゲを見たことがなかった。
一度見たいと思い、車を自生地に向けて走らせた。
前方の緑の草原に黄色い点がいくつも見えてきた。

ユウスゲの群生地だ。車を道路の脇に停め、緑の草原を目指して小走りにかけた。
いきなり、目の前が 真っ暗になった。穴に落ちたのだ。
後頭部をしたたかに打ち、しばらく気を失っていようだ。

数分後気がついたとき、あたりは薄暗い、上を見上げると青空が見える。
道路側溝と草原からの側溝が、Tの字に交わった処に、深い溜桝が設けてあった。
草ボウボウで側溝など、見えなかった。
その溜桝に落ちていたのだ。穴の底から、ジャンプするが、届かない。
穴底から、出られない。穴が深すぎて手が届かないのだ。

携帯電話は、車の中にある。
車は、道路脇に停めているが、まさか運転手が草むらの穴の中にいるとは
誰も気がつかないだろう。

植村直己が、クレパスにおちて、運良く這い上がってきたのを思い出した。
今の僕は、植村直己状態だ。
溜桝の底に、石がいくつもある。その石を桝の角に積み、数度ジャンプした。
片方の手が、桝の縁にやっと かかった。
火事場の馬鹿力で 這い上がった。

こりもせず そのままユウスゲの自生地を見に行った。
この時、腰を痛め その後 一ヶ月の自粛。
帰りに穴の廻りの草を なぎ倒してきた。
溜桝の蓋は、周囲には見えなかった。

穴の中で、思ったこと。
『このまま誰にも発見されず、ミイラになるのか?せめて氷河のクレパスに落ちたかった』

山を歩いていると、踏み跡が消える。
引き返せばいいのだが、初めの頃は、分からなかった。

なるほど、こんな(けもの道)みたいな処を 山に登るのだ。
確かに、山登りは危険だ。道がない。コンパスと地図を頼りに 歩くのか?
と真面目に思っていた。けもの道の様で 踏み跡もない。
これも登山道路だ。と真面目に思っていた。

幾度もヤブの中に迷い込み、途方に暮れた。
地図が読めないと、山は難しいと 真面目に思っていた。
根子岳のヤカタガウドルートを 登った時もそうだ。
登山道路がないのだ。根子岳は 噂の通り危険な山だ。と思った。
この時も、登山道路を外れていた だけだった。

登山道路を外れ 崖で登る事も出来ず、崖で引き返すことも出来ず、
これが、遭難か?と真面目に思った。
山で行方不明になっている人が かなりいる。
今の 僕のような状態だろうと思った。
この時も何とか降りてきたが、頭の中は、遭難の2文字だった。

山には、登山道路・踏み跡が付いている。
踏み跡が消えた 。見えなくなった。 その地点から引き返せばいいのだ。
このことが、分かるまで数ヶ月もかかった。

有名な山には、しっかりと、踏み跡がある。
ガレ場には、ペンキで印がついている。
踏み跡が消えたときは、廻りを見渡せば、かならずテープがつけてある。

地形図とコンパスを休憩ごとに眺めると、少しずつ地形図が読めるようになってくる。
この頃、やっと地形図とコンパスの偉大さが分かってきた。

有名な山は、登山道路がはっきりしている。有名な山で道に迷う事は少ないと思う。
冬山など 気象条件によっては、この限りではないと思うが・・。

道がなくなったら引き返す。
たったこれだけの事が、身に付くまでかなり危険なことをしてきた。
(続く)


                このユウスゲを見る為に、穴から這い上がったのです。
                貴重な写真です。穴から出られなかったら、この画像はありません。
                私は人知れず、ミイラになっていました。

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